3月11日の震災を受け、本当に多くの皆様からのメッセージをいただきました。
全国各地の仲間たち。海外からも励ましのメールをいただきました。
その中には知ってる方はもちろん、1度もお会いした事のない方。ブラジルの方。ほんとに沢山。
こちらはもちろん、地震もあったし、停電もあったけれど、全然だいじょうぶだよ!
TVをみて本当に驚いた。これが、俺たちの知っている東北なのか?って。
言葉なく、涙が出る。
そんな中、きっと日本中の沢山の人が思うであろう、「自分にできること」
多くの方が被災している中で特定の誰かって事に、迷いもあったけど、まず先に思った。
バイブスカメラマンの気仙沼の尾形さん。大丈夫かなって。
幸い連絡も取れ、現状を聞く事ができた。
ホームページを使わず、尾形さんを知ってる連中に声掛けたんだ。
青森県内各所から沢山の物資、みんなの気持ちが集まった。アメリカの友人からの送金もあったんだ。 それは自分の想像を超えるもので、嬉しくって、また泣いた。
3月27日(日曜日) AM4:00出発
板柳のジャッキーが前日から泊まり2人で気仙沼に向かった。
東北道は雪で真っ白で、避難所の寒さを思い、つらくなった。
一関で高速を降り、一関の町並みも地震の影響でガラスの割れている建物が多く見られ、地震の揺れの大きさを物語っていた。
一関を過ぎるとすれ違う車両は自衛隊ばかりで 被災地が近いのを感じた。
そして気仙沼。 目の前に広がる光景に、出る言葉もなく、ただただ涙がこぼれた。
一面、瓦礫の山、そして町があっただろう場所は何もなく ,何かを探す人たちが瓦礫の中にいる
どう伝えていいか今でも言葉がありません。
そして目的地到着。 尾形さんの笑顔に迎えられる。
尾形さんも、避難所で生活しており、皆様からお預かりした御見舞金、物資を無事に届ける事が出来ました 。
物資に関しては陸前階上中学校避難所、公民館2箇所に振り分け 届けてきました。
俺だけでは考えもつかないキメ細かい配慮のある物資もあり、 みんなの優しさが詰まった支援物資は、避難所の皆さんとても、喜び、感謝されていました。
復興に向け、尾形さんはじめ、本当に多くの方が被災地でがんばっています
長い長い時間がかかるでしょう
俺も少しでもこの町に貢献出来る様、やれることをやっていきいと思います 。
この日記を読んでくださった方の中に、支援物資等送りたいと思う方がいましたら、連絡下さい。
また、うちだけではなく、協力店もあります。 ぜひお問い合わせ下さい。
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Date: 2011/03/30(水)
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